« きょうも晴れ、そして明日も | トップページ | このあとが怖い? »

2010年12月 1日 (水)

『電車道』の名の由来から

Img_8761_2

「今日のご飯はいやに柔らかいなー」と思ったらそれもそのはず。
測った米の量を勘違いして水加減した社長夫人です。 ヤレヤレ<(´ロ`')o

さて、この道は当社の物流センター前から秋山郷へと続く国道405号線。

通称『電車道』と呼ばれているのは地元の人ならご存知のはず。

Img_8765

中津川をはさんで対岸には切り立った沖の原の断崖がずっと続いています。

ところでなぜこの道を『電車道』と呼ぶのか。(知ってる人は黙っててね)

船山から中深見、秋成、反り口集落の中をくねくねと曲がって通る道路のバイパス?広くてまっすぐで電車が走るような道なのでそう呼ぶの?

不思議に感じながらも勝手にそんな風に思っていたのですが・・・

Img_8781

実は本当に電車が走ってたってご存知でしたか?  私の母も知りませんでした。

そのことはりんままさんのブログの中のコメントで私も最近知ったことなのですが。

その昔、秋山郷に発電所が作られた時代、というから大正時代のことでしょうか。

私の大叔父が自分の家(家族)の歴史について書いた本に、その頃の津南の(当社が創業したころ)発電所の建設で沸いた異常な景気は日本一と言われた、と記していますので発電所建設のための電車が走っていたというのも容易に想像できることです。

Img_8776

電源開発と津南の歴史。う~ん、ますます面白くなってきましたぞ( ̄ー ̄)ニヤリ

興味深いページを見つけたので参考までに→『秋山郷の歴史

魚沼・妻有ブロガー大集合

« きょうも晴れ、そして明日も | トップページ | このあとが怖い? »

わが町」カテゴリの記事

コメント

わあ、さすがに津南新聞さんと対を張る社長夫人のブログだけあって、旬な話題を取り上げますね!(爆)

で、で、でっ!!!
私にも喋らせて!喋らせて!(自分のブログでないのに・・・すみません)

ご存知の通り(笑)、発電所マニアであって、実はちょっと鉄道マニアでもあるクマゴリラとしては、りんままさんの記事を見て「へぇ〜」と思ったので、私も同じように調べてみましたよ。

それによると、中津川の発電所建設の時に敷設された鉄道は軽便鉄道(けいべんてつどう)のようです。軽便鉄道というのは、レールとレールの間の幅(軌間といいます)が、610mm(2フィート)や762mm(2フィート6インチ)で重量も軽いレールを使った鉄道のことです。
ちなみに、JRの在来線や多くの私鉄が1067mm(3フィート6インチ=狭軌)、新幹線と一部の私鉄が1435mm(4フィート8インチ=標準軌)ですから、軽便鉄道は、軌間だけ見ても小振りです。つまり“軽便に”作ることで、建設費を抑えられるというメリットがあります。昔は全国に軽便鉄道が存在していたようです。

社長夫人の紹介している『秋山郷の歴史』の他にも、『中年漂流記』というブログにも廃線跡の写真入りで紹介されていますよ。
「中津川の発電所 電車道」で検索すると何番目か・・・Googleでなら今日現在は6番目(ちなみに、社長夫人のこのブログが1番目)に出てきます。

ねぇ〜!!
結構発電所の歴史とか紐解くと楽しいでしょ!
ましてや津南は、福島の只見川と並んで首都圏の電源地帯になってますが、発電所建設の歴史を始めとして、良しにつけ悪しきにつけ色々と興味湧きますよね。それに、東京電力の信濃川発電所やJR東日本の信濃川発電所(千手発電所、小千谷発電所、新小千谷発電所の総称)みたいに、歴史が古くて、一般水力としては発電量も大きく、ゆえに見た目でも水圧鉄管がド〜ン、ド〜ンて迫力ある発電所って他地区には余りないから、津南から十日町、小千谷にかけては発電所マニアにとっては魅力的な地区です(笑)。

あと、新潟日報のサイトでも柏崎刈羽原子力発電所建設の歴史などが載っている記事があって、こちらも興味津々に読みました。やっぱり発電所の話は奥深いですよぉ〜(笑)。

あの・・・
こうして考えると、当時の軽便鉄道の写真て残ってないんですかね?
それこそ津南新聞さんとか、地元メディアの方が取材してくださらないかな。

あはは(;^_^A
コメントなのに長くてすみません。これこそ打つのに、30分かかってしまった・・・トホホ。
(><)

diamondクマ様
わぉ~!私の本分より長いじゃないっスか!おそれいりやしたー(ノ_ _)ノハハー
さすがにわか仕込みの私とは雲泥の差!
「津南町 電車道」で検索しましたがほとんどヒットせず。
何しろ仕事中にチョロチョロとヤフってるものですからゆっくり探してもいられず((^┰^))ゞ テヘヘ

今から90年も前の話。
電車が走っていたと聞き、トロッコ電車かなーなんて話してたんです。軽便鉄道だったんですね。
以前、津南が電力事業でにぎわっていた頃の(その頃はまだいくつかの村に分かれていましたが)写真を見た記憶があります。
大勢の人が写っていました。女性は着物姿で髷を結ってましたね。
その時代の栄華を誇った?津南がしのばれました。
それにもしかしたら電車の写真もあったりして。
町のなん十周年かの記念誌だったような気もします。

『中年漂流記』は記事がいっぱいでじっくり見ないとどこにあるのか。
秋山郷のカテゴリーで探したら当社のお客様が何人か載ってました。
時間があったらゆっくり見てみたいですね。

日本が近代国家へと突き進んでいく序章の時代だったのでしょうね。
成長しきってあとは・・・
言葉にしたくないですが、今の日本と比べると人々がエネルギーに満ち溢れみんなが前を向いていた時代のように思いますね。
(某ドラマのナレーションみたいな。笑)

これだけ打つのも大変ですよ。
いただいたコメントを読みながら(携帯でですが)これはPCからだろー、ってマジ思ってたら最後にしっかり断り書きがありましたね(笑)


『電車道』とは…以前から気になってました。特殊乗り物オタクの私はその電車をぜひ見たいので社長夫人頑張って探して下さいheart04

diamondユミーナ様
乗り物オタク?

夜中に走る大型特殊車両とか?(笑)


私も電車道を実際に電車が走っている写真をぜひ見てみたいです。生きてるうちにrock

電車道で携帯で検索したら、出てましたよ。それがなんと、千葉県にもありました。場所は成田市にあって今でも面影が残っていると記載ありました。成田駅の近辺みたいで?地元千葉県にいながらに初めての発見しました。

私の電車道の話がこんなに広がってしまいましたか~
今日父からちょっと
詳しく聞いてきましたよ
父が子供のころと今では道もまるで違うので
何度も聞き直して位置を確認しながら聞きました

信濃川を荷を乗せた船がやってきて
今の中津川第二発電所から発電所建設用の電車が出ていたそうです
お客さんも乗れたみたいです
父の叔父さんが東京電力に勤めていて
そんな話をよく話していたみたいですよ

こんなことなら私ももっと聞いとけばよかったかな??
まだ色んな話があるんですが
また後ほどgood

diamond津南大好き様
今も面影が、と言うのは電車が走っていた面影ってことでしょうか?
車社会になり、かつての路線が廃線になったところが各地にあるんでしょうね。

ところで津南大好き様は九十九里の近くで銚子の近くでしたよね?smile

diamondりんまま様
りんままさん、詳しい話ありがとうございます。

そうかー!今のように交通が発達していなかった時代には信濃川が重要な物資の輸送ルートになっていたんですね。
それで『下船渡』という地名がついたのかー!以前から船とか渡とい字にはなにかあるなって思ってました。
何十年津南に住んでるんだろ私!down

津南が発電所建設の景気に沸いて大勢の人で賑わっていた時代に思いをはせています。興味津々lovely

まだまだありそうな面白い話。
ご自分のブログででも記事にしてくださいねwink

社長夫人そうですよ。銚子の手前旭市っていう所に住んでますよ。旭市は何のアピールするのがありません。しいて言えば、座頭市の発祥の地が自慢かな?マシュルームの生産全国トップと野菜の生産が千葉県で上位にいるくらいですよ。津南のように有名ブランドはあまりありませんね。もう一つは大原幽学と言う農家の組合改革の祖がいた位ですよ。そして合併前は旭市は山のない市でした?今は合併して標高100メートル以下の丘があるかな?雪は一年に一回降るか降らないかですよ。積雪量は5センチ位ですよ。

diamond津南大好き様
そうそう!旭市。
首都圏では人口の密集した市や町が隣接していていつも山が目の前に見える津南の景色とはまったく違うでしょうね。

奥さんが野菜を作っていてご自身は車関係のお仕事でしたっけ?

で、お稲荷さんが大好きで?wink

そうです。りんままさん所にもブログ伺わさせてもらってますよ。

diamond大好き津南様
津南にハマッてる、と言えば誰かすぐにわかりますねhappy01

津南のブログいろいろ訪問してみてください。
私の知らないブログもまだまだたくさんあると思いますよ。

津南に完全にはまってしまってますよ。年間二回の津南訪問してます。もちろん給油はモービル石油の社長夫人のスタンドで給油してます。まだまだ津南で行ってないところ沢山あります。今津南関係のブログ5カ所に訪れてます。一番苦労して走行したのが、小島集落から樽田集落を抜けて松之山に行った事ですね。

diamond津南大好き様
かつて松之山まではそのルートを路線バスが走っていて、子どもの頃には大叔父(祖父の兄)が経営する陵雲閣ホテルに何度も行った記憶があります。
車に慣れない私はくねくねと曲がりくねった山道で必ず酔った思い出が。

もう何十年も通っていないその道を樽田の森まで行ってみたいと思いつつ今年も終わってしまいます。
来年までまたお預け。

今日は残業中、会社のパソコンより・・・。
グーグルでもヤフーでも『中津川発電所 電車道』と入れて検索すると6番目~8番目位に『中年漂流記』の中でも、「401 秋山郷」という記事にアクセス出来ます。携帯で見たら見えなかったのですが、パソコンなら当時の路線図が載った本を写真撮りした物が表示されました。

おお!それよりパソコンは写真は大きくきれいに表示されて良いけど、こと文字入力に関しては私の場合携帯の方が早いかも・・・。何せ女子高生並みなんで!(爆)

diamondクマ様
耳寄りな情報、ありがとうでごわす。
っておまえ何もんじゃ?

通勤に1時間くらいかかるんでしたっけ?

お疲れ様でーす(○゜ε゜○)ノ~~

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« きょうも晴れ、そして明日も | トップページ | このあとが怖い? »